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世界の中心は君なのかもしれない

俳優の青木玄徳さんのヲタク

Twitterはじめました

はてブロ用アカウントですがTwitterはじめました

@xkfaia1

っていう報告。同厨には身バレしてるだろうけど一応身バレ防止で別垢ですが、耐えきれないけどはてブロに書けない時(原因は文才)とかぼそっと呟いてると思います。

深夜テンションで作ったので後悔するかも多分

余計なことまで気にしてしまう

推しのイベントに行くと毎回「今日顔疲れてんな」「後半だから反応薄いだろうな」「どーせ顔死んでんだろうな」とかこっちが気にしなくていい事を気にちゃうのってなんでですかね??

私達オタクは推しからしてみれば顧客なのであって顧客にはそれ相応のサービスをする事が普通じゃないですか。なのになんで推しの顔色伺って恐る恐る接触しなきゃいけないんだろう、今日機嫌よかった。とか普通顧客前だったら機嫌よくしなきゃいけない、いつも通りの普通の姿を見せなければいけない。なのになんで俳優はファンにそんな風を見せる??なぜファンはそれを受け入れている??それを見せることでもっと近くに見えるように思わせるとかファンならなんでも許してくれるからとかだったら控えめに言って接触やめて。それはオタクに甘えてるだけだと思う。

私の話が面白くなかったんならごめんなさい。今年の接触で話した内容過去最低で酷かった……でもそれもニコニコ聞いてくれるのが若手俳優じゃないんですか…()いつも通ってるから適当でいいやみたいな認識なんですか。それならほんといい加減にしろください

推しに振り回されてる自覚はあるけどほんと…気分屋でわ機嫌の移り変わりわかりやすいし時折死んだ顔するし忙しいのはわかってるんだけどこっちのダメージ深刻だから。私らタダで来てるんじゃないよ諭吉払ってるんだよとか思い始めた時点でそろそろ落ち着けって事ですかねぇ。ネガティブ!!!!!!!!

認知という行為とオタクのめんどくささ

若手俳優オタクあるあるなのかは分からないが認知という言葉がある。知り合いの俳優厨(Over30)は認知こそが最高のステータスだと発言している。

私は推しに認知されている。顔だけ。認知されている事が分かったのは去年の接触だった。推しを追っかけ始めて4年目の事である。握手会やハイタッチ会で顔を見ると「あっ」と言われる事はあったがそれは何とも言えずにいた。しかし諸事情で推しから1年程離れ久々の接触での第一声が久しぶり。だったのでそれを聞いて「これが認知か」と認識した。推しは1年何の現場にも来なかったオタクを覚えていた推しの記憶力に流石に引いた。ごめん。それが聞こえてた他の同厨からの視線が少々痛かった。

それが良いものなのか私にはわからない。推しの記憶力は他厨からも有名だし人の事を覚えるという行為は彼の中で容易くできる簡単なものなのだと思う。しかし推しの名前の覚えなさは天下一品だと思う。つい数日前推しのバースデーイベントがあった。その時もTwitterや現場では「認知された」「認知されてなかった」という声が沢山聞こえた。わざわざそれを言ってどうするのだろうかと思った。

基本幾ら同厨と仲良くしてる人を見ても結局自分が1番でいたい人が多いと思う。1人の異性を好きになった大勢の女性と捉えるとやはり仲良くしてても心のどこか奥底で対抗心や嫉妬心はあると思う。あるだろ??

狭い狭い若手俳優業界だから仕方ないと思うけど認知なんて言葉、無くなればいいのにな。

(´-`).。oO( この事ちょろっと呟いたら認知されてるから言える言葉じゃんって言われた事ある。される前から思ってましたけど!?!?!?(逆ギレ)

(´-`).。oO( 虎の威を借る狐系オタクは基本大嫌いです。人に影響されて図々しくなったり調子乗り出すオタクは同厨だろうと他厨だろうといい加減にしてほしい

推し、HAPPY BIRTH DAY

推しが誕生日を迎えた。29歳おめでとう。推しに出会って5年と半年ちょい、もうそんな月日が経ったのかと月日の流れに非常に驚いてる次第であります。今年はとてもハードスケジュールで途中現場数の多さに病むかと思いました。でも舞台は生で見てこそ、接触はやはり行きたい。その気持ちだけで月1で東京に足を運びまくりました。4月の主演映画、9月の主演舞台と今年は推しにとって「変化の年」だったのではないかと思います。まだ作品控えてるけど今年はとても充実した1年を迎えた。今年だけで幾ら使ったか、今年だけでどれだけ残高が減ったか考えるのはやめた。だってまだ舞台も映画も控えてるしね〜今年濃いわ~(笑)生誕祭はまだなので(明日です)おめでとうと直接言える場所があるのは嬉しい。売れるとやっぱり直接言える場が少なくなると思うので。推しに関しては顔ファンから入って話を聞くとネガティブで自分に自信がなくて話してる内容は破天荒(オタクがついていけない)で内向的で見た目が抜群に最高って思うのも本人曰く自信のない自分とのことだ。そういう話を聞くと誰が見たって綺麗って言ってくれる顔してても悩みってあるんだなあとおもった。

5年半推しを応援していると書いたが降りてた時期があるので正確には4年だ。これからも多分彼を推し続けるのかもしれない、ふとした時にもーいやだ!!と自暴自棄になる事もあるが私は推しのことが世界一かっこよくて美しいと思ってるしそれは揺るがない。いつか「皆様へ」とか「ご報告」とかブログやTwitterに書かれるその日まで、推していけれたらなぁ…少し私の意地でもあるけども

兎にも角にも推し、誕生日おめでとう。素敵な1年になりますように

週刊はてなブログに取り上げてもらいました

週刊はてなブログさんに記事が取り上げられててびっくりしました。載ってる方々のブログは全員影からこっそり覗かせて頂いてるのでこの人たちと一緒に載るんですか…とびっくりしました。全く文才無いのになんかすいません…

形にこだわる!という部分で取り上げてもらったのですが元々その形に辿りついたのはここ3年程でそれまでは無印のレタセにシール貼り付けてるだけの簡単な手紙でした。それがマンネリ化してきてなんか面白い書き方ないかなぁとファンレターって画像検索した時に今の方法を見つけたんですよね。時間がかかる作業なのでぶっちゃけめんどくさいなぁと思う事もありますしやっててなんでこんな手紙にしたんだと思うこともあります。1度これにしたら次書く時にノーマルの形に戻したらもうファンレ書かなくなるんじゃ…って思っちゃって、それからずっと時間の許す限りはこの形でやって行こうと思ってます。百均で揃うしね!※重要

来週再来週とイベントがあるので2枚分作らなきゃいけないんですけどその2枚分手紙が書けるのか。12月とか手紙書く機会が更に増えるし。字はちっちゃいし堅苦しいし推しは今私の手紙ちゃんと読んでるのかも気になるし(私以外の同厨もだけど)でもこのスタイルに変えたら手紙を書く頻度がとても増えたし手紙書きたい欲も増えたし一石三鳥位はあると信じたいです

ランダムグッズについて

最近若手俳優界隈ではランダムグッズが流行っている気がする。とりあえずオタクが多い俳優のグッズ(アクキー、缶バッチ、写真等)を500円程度でランダムで売りつける事だ。私はこれが非常に苦手である。理由は推しのレートが非常に高いからだ。譲渡ツイを見たって推しを求める人が非常に多い。推しを求める為推しの次にレートが高い俳優を求め、ひたすら買い続ける無限ループが始まるからだ。いくら注ぎ込んでも推しが当たらない人、推しのレートがその中では低い為レートが高いオタクから買ってくださいというツイが溢れる。主催側からしてみたらその分売上は上がるし今後に役立つかもしれないし次作での作品のクオリティの為に使われるのかも知れない。推しに何割かお金が入るのかもしれない。しかしグッズの半分がランダム系ってどういうことだ。私は推しの演技を見るために劇場に行くのに何故ランダムで悩まされなきゃならんのだ。毎日の様に推しを求めるツイートを見ると気が狂いそうになる。てか缶バッチやアクキー(三次元)持っててどうするんだ、推しのイベントで痛バック作って見せるのか。それこそドン引きだろ。

 

そんな悩みを持ちながら私は推しが出るまで延々と買い続けるのだろう。悲しいことにその未来は見えている。

 

推し被り

こちらの記事が興味深かったので私も思う事を書いてみることにした。

推し被りは元々苦手だった。様々なジャンルを経験して今若手俳優オタクに落ち着いたが兼推しの声優は未だ同厨に先に来る感情は「苦手」「嫌い」だ。推しについてはここ半年の間で結構数の同厨と絡むようになった。きっかけは現場ぼっちに段々耐えきれなくなったからだ。単純

しかしやはり同厨でも苦手な人は苦手だ。価値観の違いが大きい。自分と似た応援スタンスの人以外とは絡む事に嫌気が差す事があるのでフォローしててもミュートしている。今仲良くしている同厨は全員価値観が一緒だから絡めている。絡んでる同厨の中には在宅もいるし地方理由にして来ないやつもいるし接触だけ率先としてくるやつもいる。そういう人はなるべく推しの話はしたくない。した所で価値観が合わないからだ。あと都民や関東勢のフォロワーに地方のオタク(金を理由に現場に行かない)が嫌味っぽくツイートしてたりすると嫉妬する前に努力しろよって思う

推し被りについて総括は

「価値観さえ合えば気にはしない。しかしやっぱり心の奥底で苦手意識はある」

(でもやっぱ関東勢で新規で金落としが良い同厨には嫉妬心を抱いてしまうし、やっぱ私は所詮同厨拒否なんだと思う)