読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界の中心は君なのかもしれない

俳優の青木玄徳さんのヲタク

認知という行為とオタクのめんどくささ

若手俳優オタクあるあるなのかは分からないが認知という言葉がある。知り合いの俳優厨(Over30)は認知こそが最高のステータスだと発言している。

私は推しに認知されている。顔だけ。認知されている事が分かったのは去年の接触だった。推しを追っかけ始めて4年目の事である。握手会やハイタッチ会で顔を見ると「あっ」と言われる事はあったがそれは何とも言えずにいた。しかし諸事情で推しから1年程離れ久々の接触での第一声が久しぶり。だったのでそれを聞いて「これが認知か」と認識した。推しは1年何の現場にも来なかったオタクを覚えていた推しの記憶力に流石に引いた。ごめん。それが聞こえてた他の同厨からの視線が少々痛かった。

それが良いものなのか私にはわからない。推しの記憶力は他厨からも有名だし人の事を覚えるという行為は彼の中で容易くできる簡単なものなのだと思う。しかし推しの名前の覚えなさは天下一品だと思う。つい数日前推しのバースデーイベントがあった。その時もTwitterや現場では「認知された」「認知されてなかった」という声が沢山聞こえた。わざわざそれを言ってどうするのだろうかと思った。

基本幾ら同厨と仲良くしてる人を見ても結局自分が1番でいたい人が多いと思う。1人の異性を好きになった大勢の女性と捉えるとやはり仲良くしてても心のどこか奥底で対抗心や嫉妬心はあると思う。あるだろ??

狭い狭い若手俳優業界だから仕方ないと思うけど認知なんて言葉、無くなればいいのにな。

(´-`).。oO( この事ちょろっと呟いたら認知されてるから言える言葉じゃんって言われた事ある。される前から思ってましたけど!?!?!?(逆ギレ)

(´-`).。oO( 虎の威を借る狐系オタクは基本大嫌いです。人に影響されて図々しくなったり調子乗り出すオタクは同厨だろうと他厨だろうといい加減にしてほしい